星を流さず点に写す固定撮影術:シャッタースピードとISOの最適解
天体写真の世界へようこそ。「星空フォト入門」では、アマチュアの方が美しい星空を写真に収めるための具体的な方法をステップごとに解説しています。
今回は、追尾装置を使わずに、デジタル一眼レフカメラと三脚のみで星空を撮影する「固定撮影」において、星を線ではなく点として写すための具体的なカメラ設定と撮影のコツについてご紹介いたします。
固定撮影における星の「点像」とは
天体写真において「星を点に写す」とは、文字通り星が線状に流れることなく、輝く小さな点として写っている状態を指します。これは、地球が自転しているため、長時間シャッターを開いていると星が動いて写ってしまう現象(星の「日周運動」)を、いかに止めて写すかという課題に対する基本的なアプローチとなります。
追尾撮影では星の動きに合わせてカメラを動かすことでこれを解決しますが、固定撮影ではシャッタースピードを適切に設定することが鍵となります。
星が流れる原理と「500ルール」
星が流れて写る主な原因は、地球の自転です。地球は24時間で360度回転しており、星空もその動きに合わせて移動して見えます。長時間露光を行うと、この星の動きが写真に記録され、線として写ってしまうのです。
この星の動きを肉眼では気づかない程度の短時間で区切り、写真上では点として写し止めるための目安となるのが「500ルール」と呼ばれる計算式です。
500ルール
シャッタースピード(秒) = 500 ÷ 使用するレンズの焦点距離(mm)
この計算式で得られた秒数よりも短いシャッタースピードで撮影することで、星が流れるのを効果的に防ぐことができます。
計算例:
* 焦点距離14mmのレンズを使用する場合:500 ÷ 14mm ≒ 35.7秒
* 焦点距離24mmのレンズを使用する場合:500 ÷ 24mm ≒ 20.8秒
* 焦点距離50mmのレンズを使用する場合:500 ÷ 50mm = 10秒
このように、広角レンズを使用するほど長いシャッタースピードで撮影が可能となり、より多くの光を取り込むことができます。
星を点に写すためのカメラ基本設定
星を点に写すためには、シャッタースピード、F値(絞り)、ISO感度の3つの要素をバランスよく設定することが重要です。
1. シャッタースピードの決定
前述の「500ルール」を用いて、使用するレンズの焦点距離に応じたシャッタースピードの最大値を算出します。この値を参考に、まずはその秒数で試写を行ってください。もし星がまだ少し流れているように感じる場合は、数秒ずつ短くして調整します。
- 推奨設定: 500ルールで算出した値、またはそれよりやや短い時間。
- 例:14mmレンズの場合、30秒程度から開始。
2. F値(絞り)の設定
F値は、レンズが光を取り込む量を調整する値です。F値が小さいほどレンズは開放され、より多くの光を取り込むことができます。天体写真では、できるだけ明るいレンズ(F値の小さいレンズ)を使用し、絞りを開放に近い状態で撮影することが一般的です。これにより、短時間露光でも暗い星や天の川を写しやすくなります。
ただし、レンズによってはF値を開放しすぎると周辺の星像が流れたり、像が甘くなったりすることがあります。その場合は、F値をわずかに上げる(F2.8のレンズならF3.2程度に絞る)ことで画質が向上する場合があります。
- 推奨設定: レンズの開放F値、またはそこから半段〜一段絞った値。
- 例:F2.8のレンズならF2.8〜F3.2程度。
3. ISO感度の調整
ISO感度は、センサーが光を感じ取る感度を表します。ISO感度を上げるほど暗い場所でも明るく写すことができますが、その代償として「ノイズ」が増加します。固定撮影ではシャッタースピードが限られるため、ある程度のISO感度を上げる必要がありますが、ノイズとのバランスが重要です。
ご自身のカメラでノイズが目立たない範囲で、最も高いISO感度を設定するのが一般的です。多くのカメラではISO1600〜6400程度が実用的な範囲となることが多いですが、最新のカメラではさらに高い感度でも美しい画像が得られる場合があります。
まずはISO1600や3200から試し、明るさを見ながら調整してください。
- 推奨設定: ISO1600〜6400(カメラの性能やノイズ耐性により調整)。
その他の重要な設定
- ホワイトバランス(WB): オートホワイトバランス(AWB)では夜空の色が不自然になることがあります。晴天や曇りといったプリセット、あるいはケルビン値(例: 3500K〜4500K程度)で設定することで、より自然な星空の色合いを得られます。
- 撮影モード: マニュアルモード(Mモード)に設定し、シャッタースピード、F値、ISO感度を自身でコントロールします。
- ファイル形式: RAW形式で撮影することをお勧めします。RAWデータは豊富な情報量を持っているため、後から画像処理ソフトでホワイトバランスや露出、ノイズなどをより柔軟に調整することが可能です。
- ノイズリダクション: カメラ内での長秒時ノイズリダクションは、撮影時間と同じだけ処理時間がかかり、効率が低下します。基本的にはオフにしておき、画像処理ソフトでのノイズ除去を行うのが一般的です。
- 手ブレ補正(VR/ISなど): 三脚使用時はオフにしてください。オンのままでは誤作動を起こす可能性があります。
固定撮影の実践的な手順
- 機材の準備: カメラ、レンズ、三脚、予備バッテリー、SDカード、レリーズ(またはセルフタイマー)。
- 撮影場所の選定: 街灯りが少なく、空の開けた場所を選びます。光害マップなどを参考にすると良いでしょう。
- カメラを三脚に固定: 安定した場所に三脚を立て、カメラをしっかりと固定します。
- レンズの選択と取り付け: 広角で開放F値の小さいレンズが有利です。
- マニュアルモード(Mモード)に設定。
- ピント合わせ: 天体写真において最も重要な工程の一つです。
- まずはマニュアルフォーカス(MF)に切り替えます。
- ライブビュー画面を最大に拡大し、最も明るい星(例:木星、ベガ、シリウスなど)にレンズを向けます。
- フォーカスリングを回し、星が最も小さく、シャープな点になるように調整します。
- [ピント合わせの手順を示す図のプレースホルダー]
- ピントが合ったら、誤って動かさないようにフォーカスリングを固定するか、テープなどで固定すると良いでしょう。
- 上記で決定したシャッタースピード、F値、ISO感度を設定。
- ホワイトバランス、RAW形式、ノイズリダクションOFFなどを確認。
- レリーズまたはセルフタイマー(2秒など)を使用してシャッターを切る。
- 手でシャッターボタンを押すと、わずかな振動でもブレの原因となります。
- 撮影画像の確認: 撮影後、液晶モニターで画像を拡大し、星が点に写っているか、ピントは合っているか、露出は適切かを確認します。必要に応じて設定を微調整します。
固定撮影を極めるためのヒント
- 多枚数撮影とコンポジット: 短時間露光の写真を複数枚撮影し、後から画像処理ソフトで「比較明合成」することで、星の軌跡を表現したり、ノイズを低減しながらより明るい星空を表現したりすることができます。
- [固定撮影で多枚数撮影した星空のコンポジット作品例の画像]
- レンズの性能を理解する: レンズにはそれぞれ得意不得意があります。お持ちのレンズが開放F値で最高の性能を発揮するか、少し絞った方が良いかを試してみることも重要です。
- 空の暗さの恩恵: 光害の少ない暗い場所で撮影するほど、星の数が多く写り、感動的な一枚を撮ることができます。
まとめ
固定撮影は、追尾装置がなくても手軽に始められる天体写真の入り口です。今回ご紹介したシャッタースピード、F値、ISO感度の設定と、正確なピント合わせを習得することで、肉眼では見ることのできない、美しい星々の輝きを写真に収めることができるようになります。
これらの基本をマスターし、さらに奥深い天体写真の世界へと踏み出してみてください。次のステップとして、より長時間露光を可能にする「追尾撮影」へと進む際の基礎知識としても役立つでしょう。