追尾撮影で変わる天体写真:基本設定と極軸合わせのポイント
星空を撮影する際、カメラを三脚に固定して長時間露光を行うと、星が点ではなく線になって写ることがあります。これは地球の自転によって星の見かけの位置が時間とともに移動するためです。天体写真、特に星を一点一点シャープに写し止めたい場合には、この地球の自転による星の動きをキャンセルする必要があります。そのための技術が「追尾撮影」です。
本記事では、追尾撮影の基本的な考え方から、必要な機材、そして追尾撮影において最も重要と言われる「極軸合わせ」の方法について詳しく解説いたします。追尾撮影を始めることで、これまでよりもはるかに長時間露光が可能となり、淡い天体やディテールを写し込むことができるようになります。
追尾撮影とは何か?
追尾撮影は、地球の自転速度に合わせてカメラを動かし、写野内の星が常に同じ位置に留まるようにする撮影方法です。これにより、長時間露光を行っても星が流れることなく、シャープな点像として記録することが可能となります。
この追尾を行うための機材を「赤道儀」と呼びます。大型の本格的な赤道儀の他に、最近ではコンパクトで持ち運びやすい「ポータブル赤道儀」がアマチュア写真家の間で広く利用されています。ポータブル赤道儀は、比較的軽量なカメラとレンズを搭載し、手軽に追尾撮影を試すことができるため、追尾撮影入門に最適と言えるでしょう。
追尾撮影に必要な機材
追尾撮影を行うために最低限必要となる機材は以下の通りです。
- デジタル一眼レフカメラまたはミラーレスカメラ: マニュアル露出設定が可能で、長時間のバルブ撮影に対応している機種が適しています。
- 交換レンズ: 星空撮影に適した明るい広角レンズや、特定の星座、星雲・星団を狙うための望遠レンズなど、撮影対象に応じたレンズを用意します。
- ポータブル赤道儀または赤道儀: 地球の自転を追尾するための最も重要な機材です。搭載可能重量と精度は機種によって異なります。
- しっかりとした三脚: カメラと追尾装置を安定して支えるため、堅牢性の高い三脚が必要です。
- レリーズまたはリモートシャッター: カメラに触れることによるブレを防ぎ、長時間露光を制御するために使用します。
- モバイルバッテリーまたは外部電源: 長時間の撮影にはカメラや追尾装置の電源供給が必要になります。
追尾撮影の基本的な流れと極軸合わせ
追尾撮影を成功させるためには、機材の準備だけでなく、いくつかの重要なステップを踏む必要があります。中でも「極軸合わせ」は、追尾精度に直結するため、非常に丁寧に行う必要があります。
ここでは、ポータブル赤道儀を使った追尾撮影の基本的な流れと、極軸合わせについて解説します。
1. 設置場所の選定
周囲に明るい街灯などがなく、見晴らしの良い場所を選びます。北極星が見える方角が開けていることが望ましいです。
2. 機材のセッティング
三脚を安定した地面に設置し、追尾装置(ポータブル赤道儀)を取り付けます。三脚の脚をしっかりと開き、ぐらつきがないことを確認します。多くのポータブル赤道儀は、三脚との間に微動雲台などを挟むことで、後の極軸合わせが容易になります。
3. 極軸合わせ
極軸合わせとは、追尾装置の回転軸(極軸)を、地球の自転軸と平行になるように合わせる作業です。これにより、追尾装置は天球上の星の動きと同期して回転し、星が流れるのを防ぎます。
北半球であれば、天の北極(北極星の近く)に向けて極軸を合わせます。南半球の場合は天の南極に向けます。
極軸合わせの一般的な方法:
多くのポータブル赤道儀には、極軸合わせを支援するための「極軸望遠鏡」が内蔵されているか、オプションとして用意されています。極軸望遠鏡の視野内には、北極星や基準となる星の位置を示すパターン(スケール)が描かれています。
- 三脚と追尾装置の水平を大まかに取る: 完全に水平である必要はありませんが、大きく傾いていると後の作業が難しくなります。
- 追尾装置を北(南)に向ける: 目視で大まかに天の北極(南)の方角に追尾装置を向けます。
- 極軸望遠鏡を覗き、北極星を探す: 極軸望遠鏡のピントを調整し、北極星を探します。
- 極軸望遠鏡内のスケールに合わせて北極星を導入する: 極軸望遠鏡のスケールパターンは、特定の経度・緯度・日時に合わせた北極星の正確な位置を示しています。追尾装置の高度調整ネジと方位調整ネジを使って、北極星がスケール上の所定の位置に来るように調整します。
- [極軸望遠鏡のスケールパターンと北極星の位置を示す図]
- スケールの使い方は追尾装置の機種によって異なります。取扱説明書をよくご確認ください。スマートフォンアプリなどが極軸合わせを支援してくれる場合もあります。
- 微調整: より高い精度を求める場合は、ドリフト法などの高度な方法もありますが、ポータブル赤道儀を用いた一般的な星景写真や星座写真であれば、極軸望遠鏡を用いた方法で十分な精度が得られることが多いです。
極軸合わせが正確であればあるほど、長時間露光しても星は点像を保ちます。
4. カメラとレンズのセッティング
追尾装置にカメラとレンズを取り付けます。カメラプレートや自由雲台などを使用します。カメラとレンズのバランスが偏っていると追尾精度に影響することがありますので、バランスウェイトが取り付けられる機種の場合は調整を行います。
5. ピント合わせ
星に正確にピントを合わせることは、追尾撮影でシャープな星像を得るために非常に重要です。ライブビュー機能を使い、画面を最大まで拡大して明るい星に合わせてマニュアルでピントリングを操作します。
より正確なピント合わせのために、「バーティノフマスク」という道具を使用することも効果的です。 * [ライブビュー拡大によるピント合わせの手順を示す図] * [バーティノフマスクを使ったピント合わせの様子を示す画像]
6. 撮影設定
- ISO感度: 撮影対象や使用する機材、空の明るさにもよりますが、ISO 800~3200程度が一般的です。高すぎるとノイズが増加します。
- F値: 使用するレンズの最も明るいF値(F1.4~F4程度)に設定することが多いですが、レンズによっては絞ることでシャープネスが向上する場合もあります。収差(コマ収差など)が気になる場合は少し絞ることを検討します。
- シャッタースピード: 追尾撮影では、固定撮影よりもはるかに長い時間露光できます。追尾精度にもよりますが、数分から場合によっては10分以上の露光も可能です。ただし、長時間露光するほど空の背景が明るくなったり(光害や大気光)、ノイズが増えたりする可能性があります。最初は1分、2分といった露光時間から試してみるのが良いでしょう。
- [固定撮影(例:30秒)と追尾撮影(例:3分)の比較画像。追尾撮影の方が星が点像で、淡い部分も写っている例。]
7. 撮影開始
レリーズやリモートシャッターを使って撮影を開始します。設定した時間露光したら、一度画像を確認し、星が点像になっているか、ピントが合っているかなどをチェックします。必要に応じて設定や極軸を微調整します。
追尾撮影の効果
追尾撮影を行うことで、同じ条件(ISO感度、F値)であれば、固定撮影よりもはるかに長い露出時間をかけることができます。これにより、肉眼では捉えきれない淡い星雲や銀河の腕、天の川のディテールなどを写し出すことが可能になります。星景写真においても、前景は固定で写し、星空部分だけを追尾して撮影し、後から合成するといった応用も可能です。
まとめ
追尾撮影は、天体写真を次のレベルに進めるための強力な手段です。最初は極軸合わせに戸惑うかもしれませんが、何度か練習することで慣れてきます。ポータブル赤道儀を使えば、比較的気軽に追尾撮影の世界に入ることができます。
本記事でご紹介した基本的な流れと極軸合わせのポイントを参考に、ぜひ追尾撮影に挑戦してみてください。星を点像に写し止められた時の感動はひとしおです。追尾撮影をマスターすれば、これまで見えなかった星空の姿をカメラに収めることができるようになります。
今後は、追尾撮影した複数枚の画像を合成する「コンポジット」や、ダークフレームなどを使ったノイズ処理についても解説していく予定です。